日記/2019-10-22 の変更点

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#author("2019-10-22T14:55:32+09:00","-","-")
**雑記:程度の差はあれ、選択とはそういうもの。 [#j5d13bb0]

一度「5行記事」で書きかけたんだけど、うまくまとまらなかったので普通の1枠記事にします。

''「人を助けず、立ち去れ」が正解になる日本社会 ・「岩国トロッコ問題」が露呈した本音''~
https://president.jp/articles/-/30327

まずは話題の中心となる「トロッコ問題」を改めて記述します。
 トロッコが線路を走っていて、その先には5人が縛られており、このままだとその5人が死んでしまう。
 あなたの目の前に切り替えスイッチがあり、これを切り替えるとトロッコは別の線路に移動するので5人は助かるけれど。
 その切り替えた先の線路には、別の1人が縛られている:つまり5人の代わりにその1人が死んでしまう。
 こういう状況において、あなたはどういう行動をとるか?
・・・という、思考実験。~
この2つから選ぶ選択問題としてとらえれば、その場合どちらを選ぶかという考えもあるし。~
その状態自体を打開する、別の選択肢を考える方向もありうる、深い話ではある。

で、学校の授業の一部としてこのトロッコ問題をやったところ、保護者からクレームがついて。~
学校は謝罪し、その授業をやった教師は退職した。~
こんな事件を受けてかかれたのが上記記事で、その中では~
「ケチがつくことには挑戦してはならないという、現代社会を象徴している」というコメントがされている。

・・・という状況に対して、友瀬の思いをいろいろと。
#region(→続きを読む。)

友瀬は、トロッコ問題は正解がないよ、と思ってます。~
とりあえず単純な二択問題として考えても『1人を殺すか5人を殺すか選べ』という、『どちらも選びたくない選択』です。~
そういう『不利益な選択しか選べない』状況では、何をどうやったって不利益しか得られないので。~
その『不利益な選択肢』を受け入れず、それを打開するのが正解だとは思うんですが。~
往々にしてそんなことは不可能なんです。

で、仕方なく選ぶ場合も。~
精神衛生的には、『どちらを選んでも人が死ぬ』ので、『あなたが殺したんじゃない』と考えるべきで。~
でも、そういう風に言いつくろっても、心理的に『自分が誰かを殺す選択をした』という事実は残る。~
・・・という感じで、『健全な正解がない』と思うわけです。

そういう意味で、記事の「ケチがつく」というのには賛同です:どうやってもケチがつくんです。

でもね。だからといって、「本当にケチをつける」のは、間違っていると思うわけです。~
こういう『理不尽な選択』って、どこにでも・誰にでも普通に起きることなんですよ。~
学校という教育の場で話題にすることは、そんなに悪いことだとは思わない。~
そりゃあ確かに、授業を受けた生徒は不安を感じるでしょう。~
でもそれは「将来どこかで直面する可能性の高い」問題なんです。~
そこで「初めて感じた不安でパニックになる」よりは、免疫が付くことは悪いことじゃないと思う。

で、さらに面白い話なんですが。~
先ほど「どこにでもある、普通に起きる選択」と書いた通り、まさにこの事件自体が、そうなんです。

保護者は「自分の子供1人か、その教師か」の選択で、教師が死ぬ道を選んだんです。~
校長は「教師か学校か」の選択で、教師が死ぬ道を選んだんです。~
「正解がない」「どちらを選んでもケチが付く」選択肢の世界、選択自体を責める気は毛頭ないですが。~
ともあれ、保護者・校長は自分たちが『トロッコの進路を決めた』ことを自覚する必要はあると思いました。~

最初に書いた通り、『教師を殺してしまった』ことを悔いる必要はないです。~
どっちを選んでも誰かが死ぬ、不幸な選択肢だったんですから。~
でも同時に、『教師を殺す選択をした』ことは、忘れてはならないんですよ。


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ご意見などがあれば。
#comment2(below)

#endregion

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