日記/2008-02-01

2008-02-01 (金) 23:08:55 (4275d)
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その言葉、胡散臭いと感じますか?

人間何をするにしても、最後にゴーサインを出すのは自分自身です。
そしてその基準になっているものを、友瀬はしばしば『正義』という言葉で表現しています。
この言葉をうさんくさいと思っている人は結構いるはずですが、友瀬もいろいろ考えた末にこの言葉を使っていることは理解してください。
ゆえに友瀬はこの言葉を使うときにはかならず『誰の正義』かを謳っているのです。

だから、例えば人が普通に正義という言葉を使う場合、それは 正確には『その発言者の正義』というところ。
人が行動に移す以上、誰だって自分が『それでいい』と思うから、それにゴーサインをだすのです。

誰かに脅迫されるなどして『本位ではない』行動をした、という話はよくあります。
でもそれもまたちょっと嘘で。
それも実は、不自由選択ではあるものの、あくまで実施者の正義に基づいているはずなのです。

例えば『金をよこせ、さもないと殺す。』と脅され、お金を渡した。
これにはその人の『自分の命よりはお金のほうが価値が低い』という正義があるから。
例えば『あの人を殺せ、さもないとお前の家族を殺す』と脅され、他の人を殺した。
これはその人の『自分の家族よりは、他人のほうが価値が低い』という正義があるからです。

例えば『目障りだったから、ホームレスのヒトを殴り殺した。』
これはその人にとって、ホームレスのヒトがその程度の価値しかない---人権を持つに値しないという、正義があるから。
『スピード違反』『飲酒運転』『違法コピー』、みんな『ここまでは守らなくてもいい』と思うライン==正義を持っているのです。

これを『正義』と呼ぶのはどうか、という意見も理解はできます:ただ、それでも上記のような人にとっては『その行為をするための基準』であることは間違いないはずです。
そういう意味で、友瀬のいうこの『正義』は、『信念』とか『考え方』と置き換えてもいいかもしれません。
ではなぜ『正義』という言葉をわざわぜ使うのか。
それは、お互いに理解をする必要があるときのことを、考えたいと思っているからです。
こんなことを言っていても、友瀬だっていろいろ文句・クレームをつけることはあって、それは間違いなく友瀬自身の正義に基づいた言葉。
相手の『正義』を考えてないことだって多々あるわけです。
だけど、常にこれをやってしまうと、自分が間違っている可能性に気づけない。
単に『信念』とかいう言葉だと、『その信念が間違ってるんだよ』とできてしまう。
だから明確に『相手が正しい』と考えられる、正義という言葉をつかうのです。

だから、 いわゆる『正義』という言葉とは意味合いは少し違うのは否定しません。
友瀬に言わせれば、万人共通の正義というのは実際には存在せず。
あえて近いものを言うならば『その社会の正義』であり。
それは大体の方向で『その国の偉いヒト達が言った正義』になるだけです。
法律だって、『その社会の正義』を言葉として記録したものに過ぎません。

同時に、友瀬はこれでも『その社会の正義』は優先されるべきものだと思っています。~個人の正義と社会の正義とは、必ずしも同じではないです。
もちろん、社会の正義が絶対的なものだともいいませんが、 それでも社会に生きている以上、その正義は守るべきでしょう。

というかこのあたりは、友瀬の正義がいちおー『日本の一般的社会の正義』に近いものだから、でもあるんですけどね。


いや〜。ほんとのこというとさ。

俺は俺、あんたはあんた。
あんたも俺になんか言われたって困るだろうから、何も言わんよ。

・・・なんていうのが一番楽チンなんだけどな(笑)

黙って通じる世界なら、それが一番いいとは思う。
だけど、言わなきゃ通じない、そういうのを嫌ってほど感じてきたから。
相手が聞くかどうかはしらんけど、自分の思うことはいうようにしてるだけ。

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